カリソメだけど愛してほしい

徒然なる日々をつらつらと綴っています。

バンドとは

https://youtu.be/8urR9zy3rMc

クリープハイプ『HE IS MINE』

11/11(ベースの日であり ポッキーの日であり チンアナゴの日である今日)なので 私が初めて ベースかっけえ!となった曲を貼る。入り方えぐい。ちなみに クリープハイプを 初めてライブ会場で見た時 めちゃ下手寄り前方だったので カオさん(クリープハイプのベーシスト)って 上履き履いてるんだなというのを マジマジと眺めることができた記憶。

 

中学生の時 クリープハイプというバンドを好きになり 自分もバンドを始めようと思った。でも 吹奏楽部に入っていたので 始めるのは高校からにしようとも思った。でも 善は急げと思って 中学校1年生の時に アコースティックギターを買った。その頃 偶然 祖母が御茶ノ水にある大学病院に入院していて 見舞いに行った際 楽器屋が立ち並ぶその街並みを見て 心踊らされた。早い段階で 快方に向かい ケロリとしていた祖母は こっそり病室から抜け出して その時分ギターに興味を持っていた私の為に 様々な楽器屋を巡ったと話してくれた。そして 親切なお姉さんがいるという楽器屋まで 祖母は 私を案内した。楽器を買うなんて 初めてで とても緊張して あまり言いたいことを言えなかった。母と祖母に付き添われて とりあえず アコースティックギターが欲しいとだけ伝えた。すごくすごく良いなと思った鳥と蔦のようなものが描かれたギターは 少々値が張るので 遠慮して 次にカワイイと思った サウンドホールがハート型のフェンダーのミニギターを買ってもらうことにした。ちなみに その鳥が描かれたギターは ハミングバードという名前で 後に私の人生に大きな影響を与えるミュージシャンが それをかき鳴らしていると知ることになる。

 

最初は Cコードすら 上手く弾けなかった。嫌になって 簡単に弾けるEmばかり ひたすら バッキングしていた。数日すると 指の皮がべろべろに剥けて その後 その皮膚が硬化した。ギターを引き続ける限り もう私の指は 一生このままなのかと思うと 乙女として悲しくもなった。けど 今となっては 指が弦の硬さに慣れたもんで 割と 普通の柔さを取り戻している。よかったね 13歳の私。

 

やがて 時は流れ 高校生になる。吹奏楽部に入っていたこともあり オーケストラ部に入ることも迷ったが 必ず見なければならない演奏会兼説明会的なものをすっぽかしたので オケ部への道は絶たれた。もう私は軽音部に入るしかなかった。体験入部に行った時 やけに暑くて狭い部室棟の1階で 膝にスマホを乗せて 上手なギターを奏でている女の子が居た。私は友達がいなかったので すごくすごく勇気を振り絞って 声をかけてみた。その娘は 私と同じく1年生だと言った。そして エレキギターを習っているとも言った。私は アコースティックギターを少しだけ弾けると言い また もうギターの弦の数には うんざりしたから ベースを弾きながら歌いたいと 彼女に伝えた。1年生は 入部後 やや強制的に バンドを組まされることになるのだけど 彼女とは 同じバンドになろうねと約束した。後に バンドを組んだ際 彼女はドラムで 私はボーカルギターとなる。何故だ?今 考えても本当に訳が分からない。私も彼女も 互いに他の友達がいなかったので 無言で突っ立っていたところ 余り物認定をされてしまい 同じく余り物のギター志望者とベース志望者とくっつけられることとなった。そして ひと月もしないうちに 余り物のギター志望者は 脱退した。ベース志望者の女の子は 最初 信じられないくらい無口で 大丈夫なのか?これは?と思ったが 徐々に 仲良くなってくると ちょっとわかりづらい言語で 一生懸命に話してくれて それがすごく楽しかった。

 

今となっては もうすごく遠い昔のことのように感じるけど 今でも鮮やかに脳裏に焼き付いたままの爽々しい記憶だ。このような日々をいつまでも引き摺っているから 新しいバンドを組もうという気になれないのだろうか。しかし バンドで鳴る音が非常に恋しい。ひとつの生き物のように 深い呼吸をするあの瞬間が あまりに忘れられない。

 

要は バンド組みたい…っていうことですね。ベースの日に因んで…。あと 全然関係ないですが ロキソニン飲んだのに 頭が痛えです…。