カリソメだけど愛してほしい

徒然なる日々をつらつらと綴っています。

コセチャタラパカ!

神楽坂のイタリアンで飲んでいた

家に同居人を待たせて帰宅する総武線で

思い出すのはママのヘアスプレーとタバコの匂いが混ざった香り

きっとワインをたくさん飲んだふやけた瞳

心細くて祖母と続けた自由帳の絵しりとり

ママに抱きついたとき安心するその香りが私のルーツであるということ

涙でふやける総武線秋葉原駅のホーム

明日も仕事

自由とは

AirPodsが奏でるハヌマーンの音楽であったりする

声をあげるのは素晴らしいことですか?

https://youtu.be/Kx5fyiVsopg?si=5AdV33dzxT6mRsnQ

挫・人間『わりきれないよ』

 

綺麗に纏めることのよさとよくなさ

ミニマルであることのよさとよくなさ

ロジカルであることのよさとよくなさ

挙手制多数決のよくなさしかなさ

正しさの強要 吐き気を催す

 

2025/08/29

今日は父方の祖父の誕生日だった。今思い出した。既に云年前に亡くなってしまったのだけど。私が思い出す限り 祖父は何度でも祝われるし 死なない。

私の心の中には 常にちょっとした卑屈さと結構大きなアングラ精神が宿っていて ロジカルな表明を高らかに掲げてしまうことに えもいわれぬ寒イボと反骨精神が屹立するのである。まるで 祖父が生きた時代の安保闘争のようだと 自分の精神性に伴って 血の気の多い祖父のことを思い出したのであった。

 

2025/09/06

新宿純喫茶凡。クリムトの接吻カップかわいい。カウンター1番左の席に通されたのだけど 椅子が動かなくて不便だった。帰りしな店主と思しき?おばちゃんが私の真っ白なレースのブラウスを褒めてくれた。さっきまで 他の店員と激しい口論をしていたのが 真っ赤な嘘みたいだ。正しいとか正しくないとか そういうの接してみないとわからない。私にとっての正しさが 誰かの精神を蝕んでいるという可能性も 忘れてはならないのかもしれない。

 

2025/10/08

水曜日新宿駅。アロハに短パン 薄汚れたカーキ色のキャップを被ったおっさんが 東南改札から出てきた。おそらくでかいfuwafuwaの固形物を仕込んだであろうケーキの箱を持っていた。欄干を背もたれにしゃがみ込むと おっさんはまんまるなチョコレートケーキをその箱から取り出した。私のでかい瞬きの隙に ぺろりと食べ切ってしまったようだった。おっさんはむくりと立ち上がると 目の前の自販機をじろりと一瞥し 指をひと舐め そのまま何も買わずに立ち去った。ピースフル。誠にピースフル。昨日 原宿で行われていた「Peace for GAZA」って感じのデモよりも 遥かにピースフルだった。私のなかで 目の前の人の幸せを願うことが 目に見えない地球の裏側やら何処かやらの幸せを願うことよりも よっぽど超偽善的(ここでいう超はスーパーじゃなくて 超次元とかの意味と同じ超越の超)で transparentな祈りなのかもしれない。

時刻は21時。珈琲貴族エジンバラ。木のコースターに 結露の水溜まりが揺れている。氷で薄まったオレンジスカッシュの中心には 食べ損ねたさくらんぼ。偽物のさくらんぼ。先刻飲み下したモッツァレラのベーグルサンドが恋しい。文を書いて 文筆に心血を注ぐことで 気圧や破局の体調不良の根源を打破することができるのかもしれない。

五月雨式不幸論

2025/07/09

19:00。今日ケンタッキーにしない?!(cv:高畑充希)ということで 仕事の疲れも全て吹っ飛ぶくらいハッピーでラッキーなんべいべーとニヤニヤしながら 商店街を通り抜けて帰宅。社会人 自分の機嫌は自分で取るのだ。誰にも期待しない。自分で調べて 自分でこなす。仕事もプラベも全部自責。などと真っ白な部屋で唱えていると 佐川のお兄さんから ZOZOで買った リボンを調節するとギャザーくしゅくしゅになる めっかわ水色シャツを届けられた。しかも ユザワヤで買った これまためっかわのビーズネックレスの手作りキットも届いて 本当に本当に幸せで 今日一日がなんとも平和で 最高な気分で終われることにワクワクしていた。

うたた寝しかけた22:00。カーテンが揺れる。カサカサという音。黒い影。まさかまさかだよ。2年半前から一人暮らしを初めて 一度だってそんな経験はなかったのだから。いいえ。現実は無情。黒デカG発生。たぶん社用のマウスと同じサイズ。でかすぎる。あまりに。大きすぎるが故に 初めはGであるということを認識できなかった。ということで発狂。母に電話。救助&抹殺要請。しかし今からは行けないという。ママは心臓が痛いとかなんとか。それは大変だ。祖母に電話。仕事終わりだというのに来てくれた。最近 半月板を損傷したその足で来てくれたのだ。本当に馬鹿で情けない孫娘であることよ。その間も私は発狂。アイツと何度目が合ったことか。しかも私目掛けて飛んでくるし。祖母が到着した時 私はTシャツのみクロックスで ベッドの上に立っていた。アイツがどれだけ恐ろしいか 貴方にはわからんでしょうね。終電逃してタクシーで 祖母の家に泊まった。

 

2025/07/10

勿論豪雨なのだが 私はでこぼこフレンズのメロディーヌのチャームをぶら下げた傘と鍵とスマホのみを握りしめ 走って外へ飛び出した。本当は近所の商店街で バルサンが終わるまで ゆっくりお茶でもしようと思っていたのだが 既に閉店。仕方なく 電車に乗って新宿へ。知人 (9つも歳下のパンクでキュートなおんなのこ) がこの豪雨のなか ギターを背負って 下北に行くというから 私も行こうと思った (元々約束していたとはいえ 流石にこの豪雨のなか やりすぎだろうとは感じていた。) のだけど 小田急線も京王線も動かなくなった。もうどこにも行けないの気持ちになり タクシー乗り場へも行ってみたのだが 案の定長蛇の列。仕方なしに 西新宿のルノアールで フォカッチャ!を食べて 限定のカカオのドリンクを飲んだ。苦かった。チョコを食べたことのないアフリカの子どももびっくりの苦さ。くそどうでもいいことなのだが この店で auペイ利用者初めて見た。しかも2回連続で。苦いカカオドリンクに顔をしかめながら 色んなことを考えた。このブログをポチポチ打ったり 久々に人生について考えたり。幸い総武線は動いていたから お家に帰った。でも Gが死んだ確証はなく 恐ろしさに脳が支配され また祖母の家に行った。私はいつだって弱い人間で 一人で生きていけないことなどわかりきっている。それでも 孤独を愛す瞬間が非常に多々あり 自らの多面性に精神が揺さぶられてしまう。友だちもみんな大好きだし 家族も好きだし みんなと一緒にいたいのだけどね。大切な人しか 大切じゃない。世間というやつは きらい。でも 会社では社会適合者として 生きるしかない。明日も仕事で嫌だなのきもち。とりあえず 息して 歌うしかなくて嫌になる。明日も息して 歌いましょう。

ガッテム五月

https://youtu.be/YRSG5DeZV6Q?si=ZEHom7elinLQAZ84

クリープハイプ『ままごと』

漫画『ねずみの初恋』さいきんちょうどハマってて ちょうどクリープとコラボで嬉しくなった。

文筆リハビリ。

4月から働いており 目まぐるしく時が過ぎるため 文を書く暇すらなかった。もっとたくさん書きたいことや書き記すべき新鮮な情景があったのに 社会に適合することで忙しかった。同期との飲み会やビジネス書を読むことで 満たされる日々に あかるいミライはあるのだろうか?わからん?考えるだけ無駄なのかもしれない。唯一の娯楽は YouTubeTikTokNetflixに成り果てた。趣味だったバンドのディグや積読を片すことも難しくなった。

ひとつ 嬉しかったこと。毎朝家を出て 駅までの細い坂道を小走りで駆け下りるのだけど いつも下った先には おばあさんが立っている。彼女は 恐らく孫であろう小学生にいってらっしゃいと声を掛けているのだけど 昨日は 私にもいってらっしゃいと声を掛けてくれた。初めは私への言葉だと気づかなかったけれど 振り返ってみたところ 笑顔がこちらへ向けられており 心がじんわり温かくなった。もっと大きな声でいってきますと言いたかったけれど 綻びの笑顔と小さな声が精一杯だった。

あとは 帰り道の月が細いとか 椿が綺麗とか 雲が鱗みたいだとか JRは窓の外が見えるからなんとか耐えられるとか ギターを弾かなくなって爪を伸ばすからタイピングが遅くなったとか ホントにくだらないことしか日々考えていない。

会社での評価とかそういった類いの正常なルートに乗せられれば乗せられるほど カウンターで在りたくなって 気持ち悪くなる。誰にも頼まれていないのに 正しさや自由を熟考して 自分で自分を雁字搦めにして それを解こうとする。きしょい自作自演。明日は暑くなるらしい。みなさん達者で。

師は走り出さない

2024/12/01

はじまらん。暦の上で一日を迎えたとて 私の中では何も始まらん。暦の上ではディセンバー でもハートはサバイバーってこと。11月の終わりは 酒を飲みすぎて 気持ち悪いと思いながら 養老乃瀧で 焼きおにぎりを食んでいた。後ろの席のギャル2匹が五月蝿くて それが脳に響いて 吐き気が倍増した。「ひぃは 東池袋まで帰んなきゃなの!え!まって!終電やばくね?つーか ひぃのアイコスねえんだけど?!お前取っただろ?!財布もないんだけど?!早く返せよ!それか金出せよ!」とかなんとか。黙れ。こちとら 頭いてえんだ。男3人も笑ってねえで さっさと連れ帰れ。頭ぐるぐる。腹ぎゅるぎゅる。もう色々嫌んなった。帰宅。

この時すでに12月。変わらない。一定の成長を終えた私の人生に張り合いはない。あくせくバイトに明け暮れるか 友人やらなんやらと酒を飲むだけ。もっとこう 17時のチャイムまでの間 公園を駆け回ったりだとか 終わらない夏休みとか将来の希望だとかに胸を弾ませていた あの永遠のノスタルジーの中に戻りたい。これ以上何も知りたくないし もっと全てのことに 初めての衝動を感じたい。そういうこと考えてたら 胃の真ん中にでかい重りがあるみたいに 気持ち悪くなってきた。正体は バングラデシュ出身の店長が作った 焼きおにぎり2個ですが。

12月最初の朝は そこはかとない吐き気と頭痛とともに起床。ぼーっとしてたら 腹が減ってきたので Uberをした。ドトールのアイスココアを飲みながら ダンダダンを見ていたら 一日の半分は 優に過ぎていた。このところ 何かしなくちゃ!の気持ちにすらなれない。とりあえず ギターの弦を張り替えて ちっとは練習せにゃならんけど まず爪を切るのがめんどくさい。あしたあした。

夜は散歩した。最近の趣味だから。業務スーパーに行って ステーキ用の肉とサラダ菜を買って 夕飯にした。料理をして 食べている最中はテンションが上がり Uberなんかよりよっぽどコスパいいじゃーん♪と呟くけれど 汚れた食器と調理器具の山を見た途端に 全てのポジティブが消え失せる。料理なんて作らなきゃ良かった。私が作ったんだから 誰かこの皿洗えよな!の気持ちになる。例のごとく 洗い物は明日に持ち越しである。さいあく。おやすみ。

しあわせ

欲しいものは 自分で手に入れたい。

人にやさしくありたい。

誰に対しても寛容でありたい。

赦したい。

私の正しさは 誰かにとって鬱陶しいことであって 正しさを伝えることは ときに 反感を買ってしまう。

私の幸せや正義は 普遍ではない。

でも 伝えたかったのは何故だろう。

無欲であることが美しいとか 綺麗事を並べることが潔白であるとか そういうことではなくて そうすることでしか生きられなかった。

利益や損得ではなく ただやさしい世界を望んでいる。

私の正しさが 認められない世界で生きるのはつらい。

もっとわかりやすく満たされたら楽なのに。お金とか物とかで満たされたい。そのために なりふり構わず 汚く居られたら楽なのに。

生きてゆく最低限を自分で賄う。そういう毎日。それだけの毎日。生きづらい。

それでも 二子玉川のツリー綺麗だった。